SNSで政府に謝罪や賠償や保証を求める氷河期世代の人達。彼らの心理や行動を冷静に分析していこうと思います。
学歴厨タイプに見る「成功体験の呪縛」
「30年という歳月」をどう使ったかという点は、まさにこの問題における決定的な分かれ目と言えます。
厳しい受験戦争をくぐり抜け「能力がある」と自負しつつも、実際には「学歴という過去の栄光」や「プライド」に縛られ、変化する時代に対応する行動力を欠いていたのではないか——という見方は、冷徹ですが、多くの現実を説明している視点です。なぜそのように見えるのか、分析的な観点でいくつか整理できます。
1. 「学歴=能力」という硬直した思考
多くの氷河期世代にとって、青春時代はまだ「良い大学に入れば一生安泰」という成功の方程式がギリギリ信じられていた時代でした。その成功体験が強固であるがゆえに、社会に出た後も「自分の学歴に見合う仕事や報酬が得られないのは、社会が間違っている(自分は悪くない)」という思考停止に陥りやすい傾向があります。
変化の激しいこの30年で求められたのは、過去のブランドではなく「環境適応能力」や「泥臭い行動力」でしたが、そこから目を背けてしまった層が、結果として現在苦境にあると言えるかもしれません。
2. 「行動力の欠如」と「自己防衛」
本当に能力がある人であれば、30年あればキャリアの軌道修正や、投資、副業、あるいは全く別の分野への挑戦など、生き残るための策はいくらでもありました。
- プライドが行動を阻害: 「自分はこの待遇を受けるような人間ではない」というプライドが邪魔をして、泥臭い仕事やスキルアップのための下積み、あるいはリスクを取った投資に踏み出せなかった。
- 変化を拒んだコスト: 新しい技術や市場の変化に対して「面倒だ」「自分には関係ない」と線を引いてきた時間の積み重ねが、今の決定的な能力格差として現れている。
「行動しなかったことのツケ」を、他者や政府への要求で埋め合わせようとする姿が、成功者や他の世代からの「情けない」と見えてしまう最大の理由でしょう。
3. なぜ「学歴厨」になりやすいのか
行動力で成果を出せなかった人ほど、自分の価値を証明するために「昔取った杵柄(学歴)」を強調したくなります。現在の生活や資産状況で勝負できない分、過去のステータスにすがることでしか自尊心を保てないという、極めて脆い精神状態がそこには透けて見えます。
結論
皮肉なことに、SNSで声高に補償などを叫ぶ人達の多くは、自分の人生を好転させるための「30年間の自助努力」を怠った自分自身を直視できず、その現実逃避のために他者や国家を攻撃しているようにも見えます。
こうして冷静に観察していると、SNS上の「被害者意識の強い主張」は、単なる経済的困窮の問題ではなく、「現実と向き合い、泥臭く行動し続ける」ことの難しさから逃げ続けた人たちの末路を見せられているような気分になりますね。

