親が亡くなった後、どのように生活が変わるのか?家事、相続、近所付き合い、そして孤独との向き合い方。フルタイムで働きながら実家で一人暮らしを始めた筆者が、母の死後4年間のリアルな経験を綴ります。
先日、母親が亡くなった時の事を書きました。今回は、その後の生活について書いていこうと思います。

私はフルタイムで働きに出なながら、母親にお金を渡して母の実家で暮らしていました(父親とは離婚しており音信不通です)。子供部屋でずっと暮らしているような状態だったので、正直なところ「母親が亡くなったらどうしよう」という不安は常にありました。
親の死を意識して不安を感じる人たちへ
40代~50代になると、親が70代~90代になり、病気や介護、そして死が現実味を帯びてくる時期です。親の死を意識して不安になるのは、決して珍しいことではありません。
よくある不安としては、以下のようなものがあるのではないでしょうか。
- 「親が突然亡くなったらどうしよう」
- 「介護が始まるのではないか」
- 「自分一人で手続きや葬儀をできるだろうか」
- 「親がいなくなった後の喪失感に耐えられるだろうか」
- 「自分も年を取ったことを実感してしまう」
私も、親の死が現実となりました。実際に経験したことを通じてお伝えできることがあるかと思います。
亡くなった後の最初のアクション:報告と連絡
母が亡くなった後、まずは周囲への報告を行いました。
亡くなった母親の携帯電話の解約といった事務手続きももちろんありましたが、親族や近所の方々、母親の友人に亡くなった事を知らせるのが最初です。
親族へは病院や警察から連絡がいったりもしました。また、母が亡くなったのは早朝で救急車を呼んだため、ご近所さん達には何かあったとすぐに伝わったようです。お隣さんやお向かいさんなど、付き合いのあるご近所さんには直接報告に伺いました。急なことだったので、皆さん一様に驚かれていました。
その後、わかっている範囲の母親の友人に知らせ、後日町内会の方にも報告を済ませました。
実家の相続と今後について(収益化の決断)
親が亡くなると必ず発生するのが「家の処分問題」です。私は相続して修繕し、そのまま住み続けることにしました。
理由はいくつかあります。
- 猫が一緒に暮らしていたこと
- 実家に暮らしながら、不動産を収益化できる環境にあったこと
実家の場所が大阪市内の私鉄駅から徒歩5分の商店街の中という好立地でした。かつて祖父母がこの場所で商売をしていた場所なので、工夫次第で収益化が可能だったのです。(実家の収益化についての詳細は、また別の機会に書きたいと思います)
ちなみに、母が亡くなったのは2022年の4月、ちょうど物価高が始まった頃でした。この時期に家の修繕をやっておいて本当に良かったです。今からやろうとすると費用は倍近くかかりますし、材料不足や職人さんの手配も難しくなっているからです。
ひとり暮らしのリアル:家事と家計管理
奥さんがいないと何もできない「昭和親父」にはなりたくなかったので、家事はできるようになりました。
母が生きている頃に手伝いをしましたし、自分で食べたい物は自分で作る時もありました。家事や料理のやり方は、今はネットでいくらでも情報があります。環境が変われば、自分ひとりでもできるようになるものだと思います。
お金の管理については、家計簿を付けるようになって支出を把握しています。光熱費はひとりになった分、母親と暮らしている時より安くなりましたが、今は燃料高の影響で上がってしまいました。
人がいなくなると気づく人たちがいる
母親が亡くなった事は出来る範囲で知らせましたが、やはり周囲の反応はありました。
- 把握していなかった母親の友人から連絡が来る
- 法務局の登記情報を見て、利益誘導の営業の方々が来る
- 会った事もない知らない親族から手紙が届く
また、リアルな場所でも変化がありました。 母が生きている頃は母親の自転車が家の横に停めてあったのですが、亡くなって処分したため、自転車がなくなって様子が変わったことに気づいた人が聞いてきたりしました。
家の周りの掃除を生前の母がやっていたのを私がやるようになったのですが、掃除をしている時に「最近お母さんを見かけないけれど、どうしたの?」と声をかけられることもありました。
まとめ:天涯孤独でもなんとかなる
親が亡くなったらどうしようと思っている人達は多いと思います。しかし、私は母親が亡くなって天涯孤独のような状況になり、そこから4年間生き延びています。
結論としては「まあ、なんとかなっています」という事です。
もし今、親との別れを想像して不安になっている方がいたら、あまり気負いすぎないでください。状況が変われば、自然と対応する力も身についてくるものです。
