親の介護問題を恐れている方は多いですよね。
「いつか親の介護が始まるかもしれない」と不安に感じるのは、決して珍しいことではありません。理由としては、次のようなものがよく挙げられます。
- 仕事と介護の両立ができるか心配
- 認知症になった場合の対応に自信がない
- 介護が何年続くか分からず、先が見えない
- 介護費用や施設利用料など、経済的な負担への不安
- 自分自身の心身の負担や、介護疲れへの心配
- 兄弟姉妹との役割分担や、家族間の意見の違い
実際、介護をきっかけに働き方を変えたり、離職したりする人も多いため、「自分もそうなるのでは」と不安を抱える人は少なくありません。
しかし、私の場合は少し違った形をたどることになりました。
母との突然の別れ
私は母親の実家で、母と猫と暮らしていました。 母は75歳になっても自転車に乗って買い物や喫茶店に行くのが日常であるほど元気でした。
ところが、少しずつ変化がありました。物忘れが増えたり、たまに転倒したりするようになったのです。
ある日、私が帰宅するといつも家にいるはずの母がいませんでした。しばらくして近所のクリニックから帰宅しましたが、普段病院に行かない母が「体調が悪い」と歩いて受診していたのです。この日は大事をとって、早めに休んでもらいました。
翌朝、母が起きてきませんでした。 いつも母親が起きると飼い猫も一緒に起きるのに、その日は飼い猫だけが私の元へやってきました。
様子を見に行き呼びかけても反応がないため、救急車を呼びました。病院へ向かう道中や到着後の蘇生処置も行われましたが、すでに亡くなっている状態でした。
警察の検視と、予期せぬ手続き
自宅で亡くなったため、警察が現場検証に来ることになりました。事件性がないかを確認するためです。
葬儀業者を決め、翌日には遺体を預かってもらっている警察へ向かいました。司法解剖の結果、死因は「心臓の膨れ上がり」によるものということでしたが、根本的な原因は不明という扱いでした。
これから葬儀や諸々の手続きに追われる日々が始まりますが、これが私の母との別れでした。
介護とは無縁だった家系と、今の心境
私の祖父母もまた、介護を必要とすることなく亡くなっています。 祖父は風呂場で転倒して急逝し、祖母は風邪から肺炎になりそのまま亡くなりました。
結果として、私の母もまた、親の介護を経験することはありませんでした。
「8050問題」をはじめ、親の介護は現代の大きな社会問題です。私は結果的にその当事者となることを回避できたわけですが、これが良かったのか悪かったのか、答えは今も分かりません。
あまりに突然の別れだったからこそ、今もまだ複雑な気持ちを抱えています。

